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映画『唄う六人の女』についてです。
この記事では、鑑賞後の「意味が分からにゃい!」について考察し、分かりやすく解説しています。
具体的に、
- 唄う六人の女の正体は?
- 動物の化身がなぜ彼女(かすみ)と同じ顔だったの?
- 一本だけ生えてきた胸毛の意味は?
- クモや森はどういう意味?
- 一体何を伝えたかったの?
- ネタバレ感想
などについてご紹介しています。気になっている方はぜひご覧くださいませ。
映画『唄う六人の女』のあらすじ【起承転結】
- 起:主人公の萱島森一郎は、長年会っていなかった父親の訃報を受け、山奥の実家を訪れる。土地売買の手続きを済ませ、開発業者の宇和島とともに車で帰路につく。
- 承:帰り道で事故に遭い気を失う。目覚めると、彼らは美しくも奇妙な六人の女たちに囚われていた。
- 転:森一郎は幼少期の記憶を辿り、この森に意味があって呼ばれたことに気づく。一方、宇和島は女たちに対して暴力的な態度をとっていた。
- 結:六人の女たちの正体が明らかになる。森一郎は、この山が放射性廃棄物処理場として開発される計画を知り、父親の意志を継いで森を守るために立ち上がる。
映画『唄う六人の女』の主なキャスト

- 竹之内豊(萱島森一郎):主人公。フォトグラファー。父親の遺産を相続し売り払おうとしている男。
- 山田孝之(宇和島稔):開発業者の下請け。主人公から土地を買い取ろうとしている男。
- 武田玲奈(咲脩かすみ、包み込む女):主人公の彼女。主人公の子を身籠っている。
- 水川あさみ(刺す女)、アオイヤマダ(濡れる女)、萩原みのり(牙を剥く女)、服部樹咲(まき散らす女)、桃果(見つめる女):山奥で暮らしている謎の女たち。
唄う六人の女の正体は?なんの動物の化身?
- 水川あさみ:ハチ(蜂)
- アオイヤマダ:ナマズ(魸)
- 服部樹咲:シダ植物
- 萩原みのり:マムシ(蝮)…クサリヘビ科の毒蛇。
- 桃果:フクロウ(梟)
- 武田玲奈:ヤマネ(山鼠)…げっ歯目ネズミ科の小哺乳類。
これらの情報は、映画『唄う六人の女』のエンドロールで公表されています。
それぞれの動物の化身について、最後のエンドロールがなければ完全に理解することは難しかったように思います。
それぞれの正体(動物の化身)の伏線は?
- 水川あさみ:ハチ
- お味噌汁の具が昆虫。
- 針のような鋭い武器で主人公をペンペン刺す。
- 蜂蜜を主人公におすそ分け。
- アオイヤマダ:ナマズ
- 初登場のシーンでナマズと一緒に泳いでいる。
- 水のなかにいることが多い。
- 地上で這って歩く。
- 服部樹咲:シダ植物
- 基本的に動かない・緑色のワンピースを着ている。
- 光合成で仲間を増やしている(シダ植物のカットが入る)。
- 胸元に、シダ植物特有の点々模様が浮き出ている。
- 萩原みのり:マムシ
- 狂暴性(人間にとっての脅威)。
- 毒牙をもっている。
- 途中、マムシに姿を変えているような描写がある。
- 桃果:フクロウ
- 食事が野生動物。
- 穏やかで大人しい。
- 生み落としたのが卵。
- 武田玲奈:ヤマネ
- 初登場前に、枝にいるヤマネが映っている。
考察1:なぜヤマネの化身かすみと同じ容姿なの?意味が分からない!

ヤマネの化身と武田玲奈(咲脩かすみ)が同じ容姿をしていた理由は「動物の命をないがしろにしている重大さ・事実を視覚から訴えるため」だと思います。
動物を殺害したりその子を奪ったりするのには、さほど罪悪感が伴いません。が、映画『唄う六人の女』では、動物の化身が女たちの姿をしていることでわたしたちの罪悪感を駆り立てます。
6人目で登場するヤマネの化身が彼女と同じ容姿・しかも親子連れというシチュエーションであることによって、より身近な問題として捉えられるのです。
しかも最後にヤマネの母親は亡くなってしまいます。
これは、ニホンヤマネが絶滅危惧種で天然記念物に指定されていることから、そういったメッセージが含まれています(と思いました)。
考察2:胸元に一本濃い毛が生えてきた理由は?意味が分からない!

スピリチュアルの観点からいうと、身体の一部に一本の白や金色の毛が生えることを「福毛」「宝毛」と呼ばれます。(※映画『唄う六人の女たち』の場合は胸元に生えてきている)
これは「幸運が訪れる印」「願いが叶う印」とされています。
最終的に主人公は死んでしまいましたが、この世に幸運をもたらす存在になったことは確かです。
彼の願い(=父親が人生をかけて守ろうとした土地を守る)も、武田玲奈(咲脩かすみ)を通じて叶いました。
考察3:クモの意味は?ちょくちょく出てきたけど?
クモは糸を使っておりてくることから「神様の使い」「天の使い」と言われています。
神からのメッセージを主人公が受け取っているのではないでしょうか。
考察4:あの森の正体は?
混沌とした、あの世に近い特別な場所なのかなと思います。
水場を通じて不自然に場面が切り替わっていることや、一方方向に歩いているはずが、堂々巡りをしてしまう点。
「守れなくてごめん」――最期に竹之内豊(萱島森一郎)はそう謝っていましたね。
冒頭で蜂が殺されていますし、あそこにいた女たちは既に現世では殺されており、動物の化身として姿を変えて現れたのかもしれません。
交通事故に遭った男ふたりも事故にあって死に近づいたからこそ迷いこんだのかなという考察です。
考察5:意味不明?伝えたいことは?
映画で訴えていたように「人と動物(自然界)の共存していくことの重要性」だと思います。
竹之内豊(萱島森一郎)が幼少期の頃に自然に助けられているように、人間は意識しないうちに多くの自然に助けられています。
人間は多才です。植物や動物にはできないことをやってのけます。
その人間たちは、核開発をし戦争をし、活断層に核廃棄をしています。その先にまっているのは「とんでもない未来」だということは予想つきます。
「わざわざ、人間がこの地球に生まれた理由はなんなんだろう?」
そういう原作者のような想いがダイレクトに伝わってくるようです。
映画『唄う六人の女』のネタバレ感想
とても切ない映画だと思いました。
こういった自然の尊さが題材にされた作品が好きな方には好まれる映画だと思います。個人的にはとても好みでした。
最後に、竹之内豊(萱島森一郎)は自らを犠牲にして使命をなしとげ、死んでいきました。
その様子をみた水川あさみ(ハチ)と桃果(フクロウ)は、竹之内豊(萱島森一郎)の遺体に寄り添ったり動揺する様子なく、部屋の奥へ入っていきます。
その描写が真意を突いているなぁと思いました。
(極端に区別したとして、)この世には良い行いをする人間と、悪い行いをする人間がいます。
しかし動物からしたらまるごと厄介な存在で「あ~あ、人間がまたなにかやらかしたよ」と、
あくまで“人間=自然環境を破壊するもの=迷惑な存在”というカテゴライズなんだろうな……と想像力を働かせてくれる作品でした。
わたしたちは動物に癒されるけれど、、、「逆もしかり」とはいきませんね。
口で言うのは簡単ですが、「共存できる未来がきてほしい」と思いました。美しい自然でした。(※ロケ地は南丹市美山の芦生の森だそうです。)
映画『唄う六人の女』の作品情報
作品名 | 『唄う六人の女』 |
---|---|
公開日 | 2023年10月27日 |
制作国 | 日本 |
上映時間 | 112分(1時間52分) |
監督 | 石橋義正 |
映画『唄う六人の女』の正体・考察まとめ
今回は映画『唄う六人の女』について考察してみました。
最後にもう一度まとめると、
- 唄う六人の女の正体は?なんの動物の化身?:水川あさみ…ハチ(蜂)、アオイヤマダ…ナマズ(魸)、服部樹咲…シダ植物、萩原みのり…マムシ(蝮)、桃果…フクロウ(梟)、武田玲奈…ヤマネ(山鼠)
- なぜ、ヤマネがかすみと同じ容姿なの?:観客たちに、自分事として捉えてほしいから。
- 胸元に一本濃い毛が生えてきた理由は?:「福毛」「宝毛」。
- クモの意味は?:天の使い。
- あの森は一体?:現世とあの世の中間あたり?
- 意味不明?伝えたいことは?:自然と共存することの大切さ
という結果となりました。
ご参考になりましたら幸いです。
ではまたどこかの作品でお会いしましょう。最後までご覧いただきありがとうございました。